青山豊 (有限会社 豊田煙火)

*夜空のキャンバスをひとりじめに*

 豊田市の山中に避雷針の立つ建物や高い塀、いくつもの小さい建屋が立ち並ぶ作業場がある。花火師として30年以上になる青山さんが今日も次回の出番に向け仕込みを行っていた。

 夏の風物詩としての花火。祭りや学園祭、近年ではオリンピック会場やウエディングの場でも、花火は欠かせないものになってきている。

 

 

-緊張感のある作業場-

 江戸時代の花火は「和火」と呼ばれ、現在のように色鮮やかなものではなかった。硝酸カリウムで構成され、橙色の単色花火が当時は主流であったという。明治になり文明開化で入ってきたマッチ。マッチには塩酸カリウムが含まれ、これが入ってきたことによって色が出せるようになっていったのだ。今では赤・緑・黄・青・白・橙を中心に、薬品の調合で様々な色彩の花火を私たちは見ることができる。

 

 そんな美しい花火づくりの背景には、日々細心の注意を払う職人の苦労がある。「薬品自体は安全物。みなさんから見れば“花火”をつくっているわけだけど、“爆薬”を作ってるのと変わらないわけですからね。」一つ間違えば爆発事故につながる花火づくり。衝撃や摩擦には大変気を遣ってつくっていることを青山さんは教えてくれた。

 

 それは施設の造りにも顕著に表れている。リスクを分散させるため、作業工程でそれぞれ独立した建屋。それぞれの入口につけられた静電気除去装置。作業者が危険だと感じた際、咄嗟の判断で逃げられるための外開き扉。そして発火リスクを抑えるため蛍光灯も限られた部屋にしか配備されていない。そのため、夕暮れ以降は制作不可能な工程も存在する。

 

 

 

-つくり手の“勘”-

 それ以外にも、花火づくりにはなかなか効率の上がらない作業が伴う。仮に30キロの量を一度につくろうと思えば、一時間で出来る。しかし実際にはリスク回避のため例えば5キロずつやる等、何倍も時間的がかかってしまうのだという。「もちろん爆発してしまえば5キロだろうと同じだけどね、そこはしっかり責任持ってやる。」

 

 花火の玉の中心にある爆薬。その爆薬を囲うように並ぶ“星”が夜空で広がり色彩をつくる。これら爆薬や星を入れる玉詰め作業には想像以上に集中力が要求される。星の数ミリの違いが、空中では数メートル単位の違いになって現れる。また、半分ずつになった玉を両側から合わせ一つにする作業も見た目以上に難しく、ほんの少しの気のゆるみでズレが生じる。そうなってしまったらまた一からやり直しとなる。「まぁいいか、ではすまされないからね。」混ざってしまった籾殻や爆薬、星などの材料を綺麗に掻き分け、整列し直す気が遠くなる作業。

 

 均一に同じものをつくるこれらの作業には“勘”が大切になってくる。適当な感覚の勘ではなく、つくり手が永く学習し実践してきた“勘”である。

 

 

-瞬間の魅力-

 観客の花火の見方も地域によって異なる。関東のように打ち上げ花火があがったら手を叩き歓声のあがる地域もあれば、黙って見つめその美しさにじっと酔いしれる見方をする地域もある。その誰もが感動してくれるように青山さんは気持ちを込めてつくる。「その気持ちが火薬に伝わってるのかどうかはわからないけどね。しゃべりかけてつくることもありますよ。」失敗した時には何がいけなかったのか問いかけることもあるという。このように30年間で築いてきた花火との距離感、その魅力は青山さんをますます虜にしている。

「花火の場合、軽く何万人何十万人と見てくれる人がいる。贅沢品ですよね。」

 

 例え有名な画家であっても個展に一度に何十万人も集めることは難しい。この気持ちよさがつくり手を夢中にさせる。また、一瞬で消えるからこそ見ている人々の脳裏に焼き付くことも花火の魅力であるという。絵画だったらずっと眺めていられ、忘れた頃にもう一回見ようと思えば見ることができる。しかし花火は忘れた頃にもう一回どころか、目をつぶったときには見えなくなっている。「瞬間の魅力だね」その一瞬にかけることの魅力を青山さんは教えてくれた。

 

背景の夜空が、バカでかいアート。

その一発一発には、人々の脳裏に焼き付くよう魂を込める花火師の姿があった。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。