武部匡伸 (茶平工業株式会社)

*記念を手にとる楽しみ*

 観光地で見ることの多い、記念メダル。このメダルの多くは大阪のとある職人たちによって生み出されている。幼い頃、家族との旅行先でメダルほしさにねだったり、名前や日付を刻印した経験があるという人も多いはず。そのデザインの豊富さ、ご当地のレアメダルを求めて、大人になった今でもコレクションをする人も多いという。

 

そんな子どもから大人まで夢中にさせる茶平工業の三代目、武部匡伸さんが記念メダルの魅力を教えてくれた。

 

 

―夢中にさせるメダル―

油圧機器の販売会社としてスタートした茶平工業。今ではメダルやメダルの販売機、そしてメダルの刻印機を製造しているが、当初メダル自体は外注であったという。大阪万博での記念メダルの知名度拡大や仕事の繋がりもあり、次第にメダル生産の仕事も増え始めていったという。

 

機関車D51のメダルから茶平工業の今のスタイルは始まった。貴重なそのメダルを手に取ると光沢や重量感、細部にまでわたるデザインの表現力など、メダルとしての完成度が当時から非常に高かったことが分かる。デザインが何種類もあること以上に、この“メダルとしての完成度”こそが子どもだけでなく、今もなお大人たちの心を掴んでいる理由ではないだろうか。

 

時代と共に素材も、アルミや亜鉛、そして現在主流である真鍮へと変わっていった。多く流通している直径31mmのメダルを中心に38mmや26mm、小判型のものまで存在する。

 

 

-豪快なプレスと、繊細な手-

工場の奥には、メダルのデザインが彫られた金型が棚にズラリと並んでいる。これまでにつくられたものが全て保存されており、その数なんと6000種以上。

 

武部さんは、綺麗な円形に打ち抜かれた無地のメダルをマシンにセットした。スイッチを入れると、170トンもの力で次々とメダルがプレスされ、圧縮空気で前方へ飛ばされていく。これまで静寂を保っていた工場の空気が一瞬にして賑やかになり、一時間に2000枚というペースで裏と表が同時に仕上げられていく。

 

その後、色をつけるメダルには、塗料を入れた注射器でひとつひとつ手作業で彩色していく。『一色ずつ入れていく、非常に根気のいる作業なんです。』集中力がとても要求される難しい工程の苦労を、武部さんは教えてくれた。

 

 

 -人々をひきつける音-

メダルと毎日向き合っている武部さんにとって、このメダルに囲まれた環境はごく当たり前。「コレクターの人たちに会うとすごく驚きます、こんなに大事にしてくれているんだなって。」

 

また、武部さん自身が販売機を設置しに行くわけではないので、旅行先の意外なところで目に入ると不思議な気分になるという。使っている人を見るとたいがい遠くで見守っているが、ときには使い方を教えてあげたりすることもあるという。「もちろん僕が作ったんですなんて言いませんけどね!」

 

武部さんはメダルの制作と同じくらい販売機や刻印機の開発にも力を入れてきた。ガチャンガチャンと音を立てて刻印するダイヤル式のものから、近年はキーボード入力式に変わってきている。博物館など静かさを必要とする現場のニーズに対応し、武部さんは日々研究を重ねている。

「でも、音が人をひきつけるんですよね。」

観光地で聞こえてくるどこか懐かしい打音、そこに記念メダルが確かにあるという気配。あえて“ガチャンガチャン”と音を立てるマシンが置きたいという依頼がくることもあるという。昔のファミコン画面のようなドット絵の大きいモニターも、どこか安心感を与えてくれる。進化させなければいけない面と、残しておいてほしい面の絶妙なバランス。永く愛されているものほど、その振舞い方は常に課題となる。懐かしさだけでは駄目で、以前の面影もない新しいものづくしでも駄目。そのバランスに武部さんは挑戦しようとしている。

 

数十年ぶりに販売機の前に立つと思い出す、

お金を握りしめてワクワクしながら並ぶ自分の姿。

記念の1コマを切り取って持ち帰るあの感覚を、少しだけ思い出す気がした。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。