濱田晶子(晶子アトリエ)

*鉛筆のタッチが与えるぬくもり*

 名古屋市西区、那古野商店街からすこし横道にそれたところに「晶子アトリエ」とかかれたお店がある。階段を上りドアを開けると、部屋の中には斬新でユニークなデザインの洋服が飾られ、大きな作業机には一枚のTシャツといくつもの絵の具や筆が置かれていた。濱田晶子さんはここでオリジナル手書きプリントの衣服を制作している。

 

 

-布に描くということ-

 紙ではなくて布に絵を描く理由について、「絵だと飾っておくだけだけど、洋服だと着れるでしょ。自分だけの一枚を思いっきり楽しめる。お客さんの中には『デザインがすごく気に入った』といって10年以上着続けてくれる人もいるんですよ。」と濱田さんは語る。

 

 濱田さんが布に絵を描く際、使う絵の具はアクリルと布用の二種類。水に溶かすだけで自由に描くことができる。しかし色を付ける対象となる“布”は紙とは異なり一苦労だという。生地によって色ののり具合や、筆のタッチが大きく変わる。

 

「私は品のある味わいがでる麻が一番好き。ポリエステルは色がのりやすくて描きやすいけど、少し味気が足りないかな。それに生地の縫製の仕方によっても、少しずつ変わります。今は昔に比べてどれもしっかりコーティングがされているから、まず糊を落とさないといけないんです。」

 

 それら生地が持つ様々な味わいを、濱田さんは毎日自分で触って試行錯誤しながら使いこなしていく。

 

「本当は手書きでなくても原画を自分の手で描くなら印刷でも充分だと思うんですよ。ただ手書きの方がやっぱり服から出るエネルギーは強いのかな。」

 

 お客さんの中には、“元気になりたい”という思いから立ち寄る人も少なくないという。濱田さんがつくる洋服には、不思議と元気になれるような強いエネルギッシュさと手書きだからこそ味わうことができる優しさが溢れていた。

 

 

-作風を変えた鉛筆-

 衣類に絵を描き始めて約30年。濱田さんには一度だけ、筆から離れた時期があった。それは手書きプリントを始めて2年ほどが経ち、結婚・出産を迎えたときのこと。体調を崩してしまい、約10年間一度も絵を描かなかったという。

 

「体調が回復してからは、今度は気が滅入っちゃって…そんな時に旦那から『個展をやってみないか。』と言われたんです。当時はお金もなかったので、紙と鉛筆を使って自宅で一年弱かけて再びゆっくりゆっくり絵を描き始めたんです。鉛筆のタッチなんて学生以来ずっと忘れていました。でもその素朴な味わいがすごくおもしろいって気づかされたんです。」

 

 しばらくして今度は絵の具と布を再び手にとり手書きプリントを始めると、濱田さんの作風は大きく変わっていたという。

 

「以前はざくっとしてどちらかというと男っぽいダイナミックな絵が好きだったんですけど、鉛筆でデッサンをしてからはこの独特で繊細なタッチが楽しくなってきたんです。勢いだけで描く絵とはまた違って、鉛筆の世界を布にのせるとどんな風になるのかなっていうおもしろさがありますね。筆の使い方もだいぶ変わりましたよ。きっちりし過ぎず、少しラフな感じがある鉛筆のデッサンは、私の心を楽にしてくれました。」

 

 思わぬ形で再び触れることとなった鉛筆。その独特なタッチが、現在濱田さんの作品に大きな影響を与えている。

 


-オンリーワンの洋服-

 布に入れる絵柄は、年齢や好みが異なるどんな人でも着られるようにと“フリー”な題材で描かれる。そこには実の娘さんをモデルにしたキャラクターもいれば、レンコンであったり、バラであったり様々に素材が変化する。

 

 濱田さんは一冊のポートレートのスケッチブックを手にとり、「これは旦那をモチーフにしてて、こっちは黒人歌手をイメージしたの。この人は誰かに似てるなって思ったら近くのスーパーのレジのお姉さんだった。」と楽しそうに話してくれた。

 

「どうやって描くのかってよく聞かれるの。でもどうしてこう描きだしたのか自分でも分からない。頭に絵が出てきたわけじゃなくて、唐突に白いところに描き出すの。絵ってそういうもの。楽しいでしょ。」

 

 日々の生活のつながりから出来上がる濱田さんのオリジナルデザイン。それはここでしか見ることのできないオンリーワンの洋服へと変わる。


 

 世界でたったひとつだけ、濱田さんの独特なデザインとタッチの洋服が、今日もまた着る人を楽しませていく。

 

 ※上記の内容はすべて取材当時のものです。