higo-vicious(RISK)

*life at your own RISK*

東京都世田谷区、下北沢駅を出てほどなくして現れるAPARTMENT STOREという看板。この建物の2階に、higo-viciousさんのパンクロックアパレルブランドRISKがある。

 

 

-脱・ダブダブのシルエット-

店内にはパンクロックをイメージしたライダースジャケット、Tシャツ、小物が所狭しと並べられていた。特にバンビのイラストを前面にあしらったものはよく目につき、人気のアイテムとなっている。

 

ほとんどのアイテムはこの店内で作ってしまい、アクセサリー類等は友人とコラボして制作しているのだという。

 

higo-viciousさんはアパレルでの活動以前に、かつてプロのスケートボーダーとして活動していた。38歳で現役引退後、現在ではインストラクターとして後進の指導にあたる等とても多忙な日々を送っている。

 

アパレルの世界には自然の流れで入ったという。

 

「もともと洋服は好きでした。ブランドを始めた20年くらい前というのは、スケーターはみんなお金もないし、たとえスポンサーのついている人でも服はもらえるけど着たいサイズのウェア自体がスケート業界には無かったんです。全部ダブダブで大きいシルエットのものしかない時代だったんです。そうゆうのがどうしても嫌で…自分がほしいものは自分で作ろうかなと思い、趣味のレベルで始めたのが少しずつ発展していったという感じですね。」

 

 

-使う人との合致点-

一番難しいのは価格の設定なんだとhigo-viciousさんは言う。

 

「お客さんは当然安く手に入れたいし、じゃあその価格はどう抑えてどうやってその中で良いものを作るか。そこに難しさがあります。だからといって妥協したら安かろう悪かろうになってしまいますしね。大量生産に走ってしまうと同じものをみんなが持っていることになって、それでは自分の主旨と変わってきてしまいます。あまり多く作らず、それでもできるだけ価格も抑えること。これがやはり難しい点ですね。」

 

 

-higo-vicious-

higo-viciousという名前。これはイギリスのパンクロッカーであるシド・ヴィシャスと、higo-viciousさんの出身地である熊本県の“肥後”をもじっているのだという。

 

「あだ名を書かないといけない取材が以前あったんです。」

 

東京を中心とした東のスケーターと、大阪を中心とした西のスケーターが特集される機会があり、熊本出身のhigo-viciousさんは西のスケーターとして取り上げられた。その際に、ニックネームを書く必要があったのだという。

 

「特に大阪のスケーターはおもしろいあだ名が多かったですね。別に俺はニックネーム無いなって思ってたんですが、普段から冗談で呼ばれていた“higo-vicious”でいいんじゃないかと友達が言ったんです。じゃそれでいいやと簡単な気持ちで書いたんですが、それが雑誌に載って知らない間に冗談だった名前が普通に呼ばれるようになっていましたね。」

 

とても多くのスケーター仲間の信頼を得ているhigo-viciousさん。

 

「今後は現状維持していければいいと思ってます。変に大きくもしたくないし、大きくしても大変なことが増えるだけですからね」と、控えめに語ってくれた。しかし、「まだ今は何も言えない」と前置きしつつも、RISKが今年20周年を迎えることを教えてくれた。

 

そのTシャツをジッと見つめる眼差し。ファンを楽しませてくれる企画が順調に進行していることを、ほんの少し窺い知ることができた気がした。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。