稲垣嘉英・和美(株式会社 稲藤)

*本物の風を届け続ける*

 300年以上前の江戸時代から、日永で一度も途絶えることなく親しみ続けられてきた「日永うちわ」。とうとう最後の一軒となってしまった「㈱稲藤」で伝統を守り続けているのは、四代目の稲垣嘉英さんと、妻の和美さん。二人がつくり出す日永うちわには、昔から続く「伝統の風」と未来に伝えていく「新たな風」が感じられた。

  

-日永うちわ-

 もともと日永うちわは天白川付近からとれる良質の竹を使い、百姓が農閑期に作り出したのが始まりだと言われている。

 

「一本の丸い竹をそのまま使用し、一方を“柄”に、そしてもう一方を細かく割き交互に組み合わせて“扇面”としているんです。このつくりが日永うちわの特徴とも言える
“丸柄”。丸柄は高級感があり、また手になじみやすくて、持つとひんやりする特徴があります。また使用する竹は釣竿に使う『女竹(めだけ)』で、これはぐっと曲げても折れないほど丈夫でよくしなるんですよ。」と嘉英さん。

 

 そしてこの竹に糊で和紙を貼り付けていく。貼りつけた後に和紙が波を打たないように、竹の扱いや糊の塗り方など全て手作業で調節していかなけばならない。割いた天然の竹は斜めに伸びていたり、交差していたりと方向がばらばら。それを放射状に広げていく。またきれいに仕上げるために、糊は紙にはあまりつけずに、竹にしっかりとつけることもポイントになるという。

 

「機械では絶対に貼れないですよ。一見間単な作業に見えるかもしれませんが、天候や紙の種類によっても貼り付け具合が大きく左右します。晴天すぎても糊がすぐに乾いてしまうから、くもりが一番作りやすいんです。また紙の厚さによっても糊の濃さを変えているんです。」と和美さん。

 

 手作業だからこそ、機械ではうみだせない上質な日永うちわができあがっていく。

 

「竹の上質なしなりが生む風は、プラスチック製のものとはぜんぜん違いますよ。風の質の違いは扇いでみれば、すぐに分かります。」

 

 昔から続く日永うちわは、当時と変わらぬ材料と制作方法で、現代の私たちにもやわらかくて心地よい風をおこしてくれる。

 

 -付加価値をつける-

 稲藤で作られる日永うちわには、“丸柄ならでは”の特徴を生かしてうみだされたユニークな作品がある。先代が考案した「笛付きうちわ」に続き、嘉英さんは3年前に「香るうちわ」「虫よけうちわ」「消臭うちわ」を。昨年は「涼感うちわ」の商品化に成功した。

 

「やっぱり今は暑いからといってうちわを使う時代ではないから、いかに付加価値を与えていくかが大切だと思うんです。アイディアばかりがうまれて、まだ実現できていないものもありますけどね。香るうちわを商品化するまでには、何度も頭を悩ませました。香る機能をもたせるために、現在使用している“香り玉”がようやく納得のいく見栄えと、長続きする香り効果を実現させてくれたんです。」

 

 これはアロマに使う本格的なもので、小さくて軽く、またオイルをぎゅっと染み込ませるという。香りは持ちの長い、柚子やバラ、今年はラムネの香りも新しく増え、全部で7種類から好きな香りを選ぶことが出来る。

 

 そして香るうちわと同じ原理でつくられた虫よけうちわには、稲垣さんが独自で開発したゼラニウムの香りが使われている。ちなみにこのゼラニウムが今年の一番人気だという。

 

「『扇いで涼しい、香って心地よく、虫が寄ってこない』一つで3度おいしいでしょ。」と嘉英さん。


「忘れ去られていかないように、毎年新作を考えるようにしているんですよ。」と隣で和美さんも笑顔で答えてくれた。

 

 -新たな取り組み-

 現在、稲藤は代々続く日永うちわを制作し続ける一方、ギフトショップのお店を兼業している。

 

「亡くなった先代の『日永うちわの灯は絶やすな』という言葉からも、うちわは絶対に残していきます。しかし、その柱となるものは時代とともにどんどん変わっていけばいいと思うんです。このギフトショップは四代目から始めたことですし、もうギフトも全盛期が終わっているから、次はまた新たな柱をつくっていかなくちゃね。でもそれは息子の代がしていくことかなって思っています。幸い息子も日永うちわを残していかなくちゃと思ってくれているからありがたいですね。」と和美さんは話してくれた。

 

 実はその五代目となる息子さんは既に新製品を考案していた。それは今年から発売された、「命名うちわ」。裏面に世界にたったひとつだけ、一生の記念となるように、赤ちゃんの名前、手形や足形をつけたもの。

 

 日永うちわは形が丸いことから、“すべて丸く収まる”といわれ昔から縁起が良いとされているともいう。新たな取り組みが、またひとつ、またひとつと増えていく。

 

「こんなに変わった取り組みをやっているのは、うちだけじゃないかな。もともと先代がいろいろなことに挑戦する人だったし、そういう気持ちは受け継いでいきたいなと思います。」

 

 伝統の扇ぎを変わることなく受け継いできた稲藤。ここで日永うちわは今ますます勢いをつけて、新しい風をおこしている。

 

 ※上記の内容はすべて取材当時のものです。