加藤惠一 (匠の耳かき)

 *至福の時間を生み出す0.4ミリの世界*

 耳かきは私たち日本人にとって、とても親しみのある道具である。欧米人や諸外国の人々にとっては綿棒で充分という認識であったり、国によっては恐い行為、もしくは耳かきという習慣すらない国もあるという。そんな耳かきの世界で、至高の一本を日々作り続けている職人がいる。匠の耳かきとして、碧南市にアトリエをかまえる加藤惠一さん。50歳という年齢で市役所職員を退職し、職人に転向した珍しい経歴を持つ。

 

-「考え直さないか」-

 幼い頃より、物を作ることやナイフを使って削り出すことに親しんでいた加藤さんにとって、耳かきとの出会いは必然であったのかもしれない。30歳を過ぎた頃、土産の容器として使われていた竹を、何かに使えるかもしれないと机の下にしまっていた加藤さん。数年後、忘れかけていたその竹は綺麗な飴色をしていた。何かできないかと考えたところ、ふと耳かきが浮かんだのだという。その後も趣味として耳かき作りを続けた加藤さんは50歳で職人を目指すことを決意する。市役所の職員として働いていた加藤さんは上司や同僚から「もう一度考え直してみないか」と言われ、提出した退職願いを一度は返されたという。

 

 それでも趣味の領域を超えていると確信していた加藤さんにとって迷いはなかった。奥さんの理解や既に自立していたお子さんの存在も後押しし、本格的に職人の道へ進むこととなった。転身を決意した後の、数々の受賞は同僚の方々からの理解を助け、今でも多くの方々に支えられている。

 

-三拍子揃った耳かき-

 煤竹と呼ばれる囲炉裏の煙で燻された竹や、美しい木目が並ぶ木など材料や形も多彩。加藤さんの手によって先端わずか0.4ミリ前後に薄く削りだされ、炎の熱で絶妙な加減で曲げられていく。

 

 「竹はごまかしのきかない材料」そのように語る、加藤さんの仕上げ作業は大変丁寧に、そして細やかに行われていく。澄んだ美しい繊維が走るその表面は、使い勝手だけでなく、目でも私たちを楽しませてくれる。

 

 耳かきが好きな人にとって、その瞬間はとても幸せを感じる時間である。「とことん極めてほしい」という加藤さんには、最高の耳かきに必要な3つの条件があるという。「よくとれること、痛くないこと、気持ちが良いこと」この三拍子揃ったものを、匠の耳かきでは追求している。耳の壁にあたる先端の面取り、しなりから表現されるやさしいタッチは気持ちよさに通ずるため、特にこだわりをもって仕上げが行われる。さじの薄さを少し調節するだけでも、耳の中での音色や響きに違いがでて、それも気持ちよさに影響を与えているのだという。「快く没頭でき、痛いというストレスがない道具を作る。それが私の使命」であると言う加藤さんの笑顔、実はその手元ではものすごく繊細な作業が行われている。

 

-たかが耳かき、されど-

 「作っていけばいくほど、その人に合った耳かきがあると気付かされた。」さじの大きさ、しなりの一つをとっても、より相手に合ったものを作りたいという加藤さんの姿勢は、多くのリピーターを生み出している。

 

「たかが耳かき、されど耳かき。でも私は、その“されど”に値するものに出会ったことがなかった」

 

 買いたくても無いものや、人々が従来考えていたものの上をいったとき、“たかが”と“されど”の間に大きく開きができる。そこにおもしろさがあるのだと加藤さんは教えてくれた。

また、対面で調整しながら作り上げる時に「今日買われた耳かきが一生で一番合っていると思わないでください」と言うこともあるという。良い耳かきを作っている自信はあるが、その人に合っているかは分からない。「合っている耳かきを探す手伝いをしていきたい」というのが加藤さんの考えなのだ。本来ならば「あぁでもない、こうでもない」と注文の多い客は煙たがられがち。しかし加藤さんにとっては「要望があればあるほど、ありがたい。」のだと言う。時には何時間もかけて一本の耳かきを調整していくこともあったというほど親身になって話を聞いてくれる加藤さん。

 

 ここでなら、自分に合う世界で一本の耳かきが見つかるかもしれない。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。