加藤徹 (彌満丈欅窯)

*モノでモノ申す時代に*

 岐阜県多治見市高田町、この町の緑溢れる迷路のような坂道を抜けていく。すると、400年間にも渡って高田焼の技術を今に伝える彌満丈欅窯が現れる。夏の残暑が残るこの日、13代目となる加藤徹さんがもう冬に向け湯たんぽを作り始めていた。

 

-高田焼の魅力-

 美濃焼の一つとして日本有数の歴史を持つ、高田焼。この高田焼には、地元で採れる木節粘土が使われている。粘土には植物由来の珪酸が約80%含まれており、遠赤外線や保温・保湿性が非常に優れているのだという。「まるっきり植物が粘土になったようなもの」と、加藤さんは教えてくれた。

 また、酸化チタンも0.8%ほど含まれており、その抗菌作用により水が腐らなく、酸化を防ぐともいわれている。それゆえ、江戸時代より湯たんぽ以外にも薬用土瓶、漬物壷、土鍋などに使われてきた。

 

 

-しっとりとした温かさ-

 かつては酒を飲む徳利(とっくり)にお湯を入れ、寒さをしのいだのが湯たんぽの起源であったという。そして時代とともに少しずつ形を変え、トタン屋根のように波型で強度や温める表面積を増やした現在の形に変化していったのだ。

 

 湯たんぽはエアコンやストーブのように皮膚から水分を奪うようなことはしない。「人間を干物にする温かさではなく、人肌と同じしっとりとした温かさ」が湯たんぽにはあるのだと加藤さんは教えてくれた。

 

 

-ごひゃくえん-

 加藤さんは湯たんぽや湯飲みを一つの手段として、モノ作りの原点や大切なことを発信している。過去には作家の集まる展示会で、何十万もする花瓶や陶器を大部屋で出展する作家を横目に、500円で販売をしたことがあったという。それも1平方メートルのブースだけ借り、見た目には1000円とも3000円ともとれる立派な湯飲み等を“ごひゃくえん”と表記し、販売していたという。

 

これは「反逆、異議申し立てなんだ」と、加藤さんは話を続ける。全ての作家がみなそうだったというわけではないが中には、「なんて上から目線なんだ」と、加藤さんが感じる人もいたのだという。「こんなのが出来ましたがどうでしょう、使ってみてください!と、下から上に差し出すのが本来のモノ作りなんじゃないのか」というスタンスを加藤さんはとる。

 

 結果として何十万もする花瓶や陶器を販売する作家は数点しか売れず、400点も売れた加藤さんは1ヶ500円ながら金額面でも上回った。消費者を馬鹿にして金持ちしか相手にしない、特にバブルの時はそんな風潮があり消費者自体も麻痺していた。そしてそれは今でも続き、メディアなどの脚色で作家自体の価値ばかりが偏って上がり、作品本来の価値とは大きく離れた評価になっている例も少なくないと指摘する。

 

 

 単純計算で400人もの人が加藤さんの作品に出会い、触れ、そして日常生活に持ち帰ったことになる。特に子どもたちへのすり込みができることに大きな意義があると加藤さんは言う。小さい頃から手づくりの技を見る機会や喜びを与え、そして自分から能動的に選んだその機会は人生や価値観を変えることがあるかもしれない。

 

 

-モノでモノ申す-

 モノを気に入ってくれ、人々が日々の生活に取り入れた時、それは「モノをモノにした」と加藤さんは表現する。

「作家がモノをモノにするのではなく、使い手がモノにするんだ。」

つくり手はあくまで問題定義をするだけであって、答えを出すのは使う側なんだと加藤さんは繰り返し教えてくれた。

 

 これは手づくりですか?と聞いてくる人に対し、「足でも作るし、口でも作る。何でもいいじゃない、出来がよければ。」とユーモアめいた返答をすることがあるという。メディアの歪んだ価値観で作られた上辺の奇麗事、手づくりならとにかく良いモノという幻想にみんなは毒されていると加藤さんは警鐘を鳴らす。だからこそ、モノづくりの原点は何かということを肉声で伝えることが大事なんだと加藤さんは終始うったえていた。

 モノがあり余る時代に、モノでモノ申す。湯たんぽという柔かいイメージとは裏腹に、野心溢れるつくり手が今日も高田で窯の灯りを守っている。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。