野路井邦充(手づくり工房「種芸」)

*これが紙技*

 必要なものは紙とハサミだけ。折り目をつけたりハサミの切り込みを使い分けながら次々に一枚の紙が姿を変えていく。

 

「なるべく一分以内に終わらせたいんですよね。一番手が込んだものでも10分くらいです。」

 

 そう話をしている間も、ハサミの動きは止まること無くあっという間に、カマキリやアリ、トナカイがテーブルの上に置かれていく。

 

 

-カフェに残るペーパークラフト-

 野路井さんがペーパークラフトをやるようになって30年以上になる。人と関わるのが好きで福祉の業界に進み、ボランティア育成講習のために覚えたペーパークラフトが当時評判高く、今に続いているのだという。

 

 野路井さんは各福祉施設での経験を経て、現在は障がいを持った方がモノをつくる就労継続支援B型事業所、手づくり工房「種芸」の所長をしている。普段、野路井さんはこの福祉施設で日中は働き、夕方になってペーパークラフトを制作し始める。制作の場所はいつもカフェ。客として訪れたカフェでさらっとつくり始め、特に何も言い残さずペーパークラフトを机に置いて店を後にすることも多いのだとか。

 

「みんな他のお客さんは見て見ぬふりをしていますね。でも僕が店を出た後に何人かペーパークラフトをもらっていってくれてるって話を店員さんから聞きました。」

 

 カフェで作業している時以外は、ペーパークラフトのことは考えず通常業務のことに集中する。この切り離して各々に集中するスタイルが、何百ものレパートリーを日頃生み出している理由なのかもしれない。

 

 作品の中で立体感の際立つ表情をしたペーパークラフトがあった。一枚の紙から切り離すことなく作られたそのチンパンジーは、とても野路井さんにとって考えさせられた作品なのだという。

 

「以前、チンパンジーをつくってほしいという依頼がありました。その際に『チンパンジーの笑った顔は知っているか?』って聞かれたんです。よく歯を出して笑っていますよねって答えたら、その方曰く、あれは笑った顔ではないと言うんです。『あれはチンパンジーが恐怖で戦(おのの)いている顔なんだ』と。『本当のチンパンジーはもっと優しく笑うんだ』と教えてもらったんです。これが“笑うチンパンジー”なんだと、いっぱい動画を送ってきてくれましてね。そして研究に研究を重ね、ようやく完成してお見せしたら本当に喜んでくださったんですよ。」

 

 野路井さんはこの他にも、おなかの中に50匹の子どもがいるカンガルーに挑戦するなど意欲的にペーパークラフトで出来ることの追求をしている。

 

 

-誰でも手に入るもので-

 特に高価なハサミを使うわけでもなく、100円ショップのハサミを使っていたり最近ではコンビニのハサミをメインで使っているという。

 

「切れすぎても困りますからね。カーブを切っていて少し当たっただけで切れたりしますから。」

 

 ハサミだけでなく、使う紙自体もごく一般的なものを使う。作品として販売する時はレザックという上質な紙を使うがそれ以外は基本的にこれも100円ショップで買ってきた紙を使用する。ただし画用紙はコシが無くて綺麗に折れず、一回折ったところが繊維状になって弱くなるため向いていないのだという。

 

「絵を描く時は全体を見ながらバランスをとって描いていきますよね。ペーパークラフトは紙をぐるぐる回転させながらも、角度や残す面積のイメージをしっかり持ちながら切っていかなければいけません。ゆるやかなカーブはハサミを使って切っていくけど、小さく急激なカーブはハサミの動きを止め紙自体を回しながら切り込んでいくんですよ。」

 

 こういった感覚を会得することは見た目以上にとても難しいのだという。

 

 

-対象を知ること-

 野路井さんは、ペーパークラフトを通じて動物や昆虫への理解がよりいっそう深まったのだという。

 

「昆虫の足もいろいろあって前に4本あって後ろに2本の昆虫もいれば、飛び跳ねるのが得意な昆虫は後ろに4本あったりします。つくってみて何か違うなと思ったら、だいたい足や触覚の位置が違ったりしますね。少しずつ、昆虫や動物のことが詳しくなってきた気がします。」

 

 野路井さんはとても熱心にリアルを追求する。以前、ペーパークラフトでつくったタランチュラを友人にプレゼントしたら、その友人は喜んで奥さんに見せたのだという。しかし見せた途端、奥さんはその場で泣き崩れたということもあった。それほど、野路井さんの細部へのこだわりは深い。

 

 ペーパークラフトは自分にとって“暇つぶし”なんだと野路井さんは言う。

 

「あんまりがんばりすぎないでおこうというのが基本にあります。福祉の仕事でもそうなんですが職員が頑張りすぎると、施設を利用している障がい者の方々がしんどくなるんですよね。“こんなにこっちも頑張っているので、みんなもがんばりましょう”というのはプレッシャーですから。僕らもゆったり生活の一部ということで接しながら、モノをつくっていきたいなと思うんです。みんなの表情がよくなるんですよ。ペーパークラフトもそれと同じ。頑張りすぎないで頑張る、こうゆう気持ちを大事にしていきたいです。」

 

「つくったものを見て、みんなが驚いているのを見るのが好きなんです。」

 

 こんなにも遊び心あふれる野路井さんの作品には、“肩の力を抜いて楽しんでもらいたい、驚かせたい”という、かけひきのない想いが詰まっていた。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。