杉浦和徳 (杉松製陶)

*世界でただ一人の三河黒七輪のつくり手*

愛知県碧南市に、いくつもの同じ形をしたやきものが天日干しされている一軒の家がある。そこは日本でただ一人、30年以上三河黒七輪を作り続ける杉浦和徳さんの製作工房だ。 日々、杉浦さんの手によってひとつずつ丁寧に作り上げられる七輪は、漆黒でずっしりとしていて趣があり、伝統的な味わいを感じさせる。

 

三河黒七輪の特徴は大きく分けて二つある。一つ目はこの土地ならではの三河の土と珪藻土の二重構造であること。軽く断熱性の高い珪藻土を、水や衝撃に強い三河土で囲むことで、保温性にすぐれ丈夫で長持ちな三河黒七輪が出来上がるのだ。二つ目は一切金具を使わず、すべて手作業で粘土を切り出して製作される戸口。今、一般的な七輪の戸口は金具で作られている物がほとんどだが、「意地でも金具には変えん。」と言う杉浦さんの言葉からも三河黒七輪に対する強いこだわりが感じとれる。

 

創業大正5年、三代目となる杉浦和徳さんと三河黒七輪の出会いは25歳の頃だった。18歳から24歳まで住みこみで丁稚をしていたが25歳の時に切腹をして実家に戻り療養することにした。そんな中、これから何をしていこうかを考えていた時に黒七輪を作り始めたことがきっかけとなり、その際に跡継ぎになることを決めたという。小さいころから先代の七輪を作る姿を見てはいたが、継ぐなんて思ってもいなかったという。

 

杉浦さんに七輪を製作するなかで困ったこと、大変なことを聞くと「汚れることだな。」とあっさりと意外な答えが返ってきた。作業工程の中での苦労話があると思ったがそうではなかった。七輪の製作はもはや杉浦さんにとっては生活の一部になっていることを実感した。七輪の製作にあたっても逐一教えてもらうのではなく見て覚えるという主義で、何度も失敗を繰り返しながら技術を培ってきたのだ。

 

今後の話を聞くと、「あと4、5年の役割は後継者を作ることかな」と話してくれた。ここまで七輪の製作を続けてきた杉浦さんは一度もやめようと思ったことはなかったと語る。その背景には、この土地に材料があること、ここが職人の町であること、またお客様の存在が充実感をもたせてくれているようだ。

 

杉浦さんの家では秋刀魚とうなぎは七輪を使って焼くという。お孫さんは、レンジで温めた秋刀魚は食べないが七輪で焼いた秋刀魚は身がふわふわしているため食べるそうだ。

 

「この前なんか、孫がこれ焼いといて、これなら食べるって言ってきたから秋刀魚を焼いたよ。」と嬉しそうに奥さんが話してくれた。「プチ贅沢だよ。」と最後に笑いながらつけ加えてくれた杉浦さんはとても幸せそうだった。きっと今の杉浦さん夫妻にとってお孫さんの存在が何より大きな原動力になっているのではないかと感じた。

 

今回取材の最後に実際に三河黒七輪の製作工程、鮮やかに粘度を手に取りろくろでかたどっていく姿と粘土を巧みに切り取って戸口を製作していく姿を見させていただいたが、まさに職人技だった。杉浦さんの手にかかれば粘土たちが自然と形をつくり動き出すような印象をうけた。「これは器用じゃなくてもできるよ。慣れだよ。慣れ。」と少し照れながら言葉を放つ杉浦さんはとても男らしく、一人で伝統を守り続けている力強さを感じた。

 

 

 ※上記の内容はすべて取材当時のものです。