田中年子(ギャラリー花むすび)

*伝統ある技術をひも解き、後世へ*

 古来より日本人の中で大切にされてきた「結び」という言葉。万物の生みの神「生霊(むすび)の神」から派生した言葉で、正月のしめ縄であったり、おみくじを木の枝にくくりつけることなど私たちの生活には結びの文化が深く浸透している。

 別名で飾り結びとも呼ばれる「花結び」は、一本のひもで様々な形を表現する伝統技法。田中さんはこの花結びを解読・創作、そして絶えず後世に残そうと活動を続けている。

 

 

-鍵としての結び-

 田中さんの手元で素早く結ばれていく一本のひも。花や蝶、トンボまでもが結びによって大変美しく上品に表現されていく。田中さんが結びと触れ合うきっかけとなったのは、花結びの一つである「仕覆結び」。仕覆という、お茶の道具を入れる袋への結びを師匠に見せてもらったことがきっかけであった。

 

 戦国時代、主君のお茶への毒物混入を防ぐために考案された仕覆結びは、重要な鍵の役割を果たしていた。自分しか分からない結び方のため、何者かがお茶の袋のひもをほどいたら簡単には結び直せない。少しでも形が変わっていたら、中のお茶を捨てるなど主君の身を守ることに大変役立っていたのだ。そんな機能的で美しさもあわせ持つ結びの魅力に、田中さんはどっぷりと浸っていった。

 

「こんなに難しそうに縛ってあっても、ひっぱると一本のひもに戻るんですよ。」

 

 

-結びの解読-

 今や大阪・京都・東京などで100人以上ものお弟子さんを常に抱えている田中さん。そんな田中さんが最初に花結びと出会ったのは昭和39年。それ以来、とても長い歳月をこの花結びにかけてきた。

「当時はカルチャーセンターのようなものはなかったですから、お茶の勉強をしようと思ったらどなたかの紹介をもらって先生のお宅を訪ねる、そういう時代でした。そしてご縁があって出会った石洲流清水派の橋田正園さんのもとで、茶道と華道を勉強することになったんです。」

 

 とても熱心に稽古をする田中さんは茶道と華道を早くに認められ、花結びも研究している橋田先生とともに結びを研究することとなった。先生と取り組んだ江戸時代の書物「玉のあそび」。これには完成図は載っていても、手順は書かれていない。田中さんは先生とともにこの解読に努めた。

 

 過去の書物以外でも、現物を持って来て“これと同じものをつくってほしい”という依頼もあるという。中にはまだ解読が終わらず苦戦しているものも。

 

「この部分はこんな結び方をしているなとかは分かっても、どこから始まって、どういう順序で最後までいっているのかが見えてこないんですよ。ほどいてみたら分かるのですが、そうしたら元に戻せなかったとき困りますし、たいていの場合は持ち主の方にほどかないでほしいと言われます。ですので、ほどかずに試行錯誤しながら見つけ出していかなければいけないんです。」

 

 結び方を図解したものもない、ましてや今となっては過去の結び手と話すこともできない。田中さんは過去の結び手からの問いかけにひと結びずつ真剣に答えていく。こうして田中さんたちが解読した結びは数百種類にものぼる。

 

 

-結びを次の世代に-

「解読した結びや新たな結びを創作したとしても、ものすごい数を作って手を十分に慣らさないと他人には教えられないです。完成度が高いものに自分自身の中でしておかないと、生徒さんは信用してくれません。そのため、今でも一つの形に対してものすごい数を練習します。」

 

 全国各地に多数の生徒を抱える田中さんであるが、その年齢層は高く今後は若い世代も積極的に取り込むことが課題であるという。

 

「インターネットを使って、結びに関することや今日のお稽古ではこんなものを作ったというような日記でもいいから発信して、知ってくれる人が少しでも増えてくれたらいいなって思います。若い人が喜ぶようなデザインのネックレス等を創作して写真で見せたり、動画で簡単な結びの紹介もできたらいいなと考えています。」

 

 他人に教えてしまうと鍵としての役目が果たせないが故に、時代とともに無くなってきた結びの技術。田中さんは現代の感覚やデザインと結びつけ、新たな結びの在り方について今後も提案し続ける。

 

※上記の内容はすべて取材当時のものです。